げんこつやま/頑固なグルメやオタク記事など、雑多な内容をオリキャラ茶番で好き勝手語るブログ

漫画やアニメ、ゲームなど、主に趣味についてマスコットのホオズキくんビワくんがまったりゆったり(たまに毒づき)語ります。

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「バウ美」とのお別れ

お越しの皆様いらっしゃいませ。管理人のタコスカでございます。

当ブログにも何度か登場したボストンテリアの2人の片割れ「バウ美」、お別れとなりました・・・

・バウ美のこと

 

どうも、このブログにおいて「管理人」と名乗り、他のキャラにもそう呼ばれ作者役を担っているタコスカです。今回は記事の性格上、私の単独での進行とさせて頂きます。また普段はこう言う文字の強調表現を多用しますがそれもこの記事では以下ではやめにします。

 

先日、日付で言えば2023/10/15(日)の朝の出来事ですが、このブログでもたびたび登場したうちのわんこ・・・個人情報の観点から仮名「バウ美」として紹介していたボストンテリア・メス。

 

彼女が他界致しました。この記事はその記録として、いくつかの画像と共にバウ美のことを振り返ろう、と言う記事になります。

 

 

・臨終前後のこと

 

記録も兼ねてまずは最期の周辺の出来事を・・・。実は3週間ほど前になるでしょうか?彼女の体調が悪化して動物病院に入院していました。

 

この事はブログでもX(Twitter)でも伏せてきました。彼女を知る皆様に心配をかけたくなかったと言うのと、あくまでも病状が快方に向かうと信じて、途中経過の実況中継みたいなことを私の気持ちとしてやりたくなかった・・・と言うのが大きかったです。

 

結果的には3週間持ちこたえたけど、病状は悪化するばかりでした。死因はまず糖尿病があって、それに付随する膵臓や腎臓と言った臓器の不全・・・と言うことです。

 

 

今思えば・・・と言う話になるのですけど、糖尿病の兆候はありました。よく水を飲むな・・・とか下痢気味だな・・・とか。合併症で起こると言う白内障は前からだったし・・・。

 

それでも食欲はずっとあった食いしん坊だったので、家族一同あまり深刻に考えておらず、ある日食べ物を受け付けなくなってこれはいよいよおかしいぞ?と病院に担ぎ込まれた時には手遅れだったと言う感じです。どうしてもっと早くに医者に連れて行かなかったのか、それは私も家族も悔やんでも悔やみきれない部分です。

 

 

ともあれ、食事を受け付けなくなり点滴で持ちこたえるような日々でした。元々肥満気味だったのですけど、日に日にやつれてそれでもお腹だけは出てて・・・アフリカとかの飢餓の子供みたいになってて・・・それでも3週間は、良く持ちこたえてくれたのかもしれない。

 

しかし血液検査の数値はまるで改善せず・・・私ももう薄々回復しないんじゃないか、と感じてはいたかもしれません。それを認めたくないだけで。しかしその時は来ました。来てしまった。

 

 

・供養のこと

 

その日が10/15(日)のこと。しかし私達がその訃報を知ったのは10/16の晩の出来事でした。家族のスマホに逐一連絡が行ってたのですけど、病院で書いた基本連絡先の家族のスマホがなぜかマナーになってて繋がらない状態で。固定電話も色々ややこしい事情があって普段は放置してる状態で・・・

 

この時は家族の圧倒的メカ音痴ぶりに正直心底腹が立ちキレそうになりましたけど、そんなことを言っても仕方ありません。私は見舞いに行ったつもりがもう亡くなってて・・・「は?」「はぁ!!?」みたいな。ちょっと取り乱してはいたかなと思います。

 

 

その後何をどう会話したかうろ覚えだけど・・・とりあえず一度家に帰ろう。バウ美が育って暮らした家に連れて帰ってあげようとなって、でもウチは私がペーパードライバーなのもあり、バイクはあっても車がありませんから・・・話し合って私が抱えて帰ろう、となりました。

 

そこまでの距離じゃないし、バウ美も10kg前後なのでね。やつれてたし・・・。それにバウ美の箱のサイズはバイクの籠にギリギリ収まり切らない幅だったから、万が一落っこちでもしたらって思いが私の中にありました。丁寧に運んであげたい。

 

 

とは言え、やっぱ米袋くらいの重さのあるバウ美は重かったです。普段使わない筋肉を使ってのちに反動の筋肉痛に苦しむことになりますが・・・それは置いといて、バウ美の重みを感じて、感じるほどに辛かった。途中公園で1人で泣いてた。昔は軽かった、とか色々思い出して。

 

ああもうこの子は動かないんだなって・・・

 

 

その日の夜遅くに、妹とその子供がバウ美のご遺体をお見送りに来てくれました。私にとって甥と姪ですけれど、姪はまだ小さくて「死」がよく分からない感じだった。なんか家族の食いさしのウインナーとか食ってたし。

 

でも甥はバウ美が遊びに行った時散歩とかしてくれてて、神妙にしてた。妹はギャウ菜よりバウ美を気に入ってて悲しそうにしていた。見舞いにも来てくれていたそうで。

 

 

翌日10/17に供養となったのですけど、ちょっとそれで家族と揉めた。家族は足が不自由なのもあって、うちは車の足がないから送迎のうんぬんかんぬんを巡って、キャンセルして違う霊園にしろ!とか何とかで。

 

でも結局そっちは予約一杯とかで結局元々予約してた霊園に戻すとかって、バウ美の死よりもおのれの自己都合みたいなことでどーだこーだホザきくさりやがってるようで!俺はキレた!!!

 

正直この家族をボコボコに殴り倒したい気持ちで一杯だったけど、そんなことをして何になるのか?頭がぐしゃぐしゃだったけど・・・とにかく言い争いつつも段取りは決まった。

 

 

・お別れまで

 

その後は・・・まぁ流れ作業です。以前インコを供養した霊園と同じだけど・・・そう言えばこのインコもバウ美がくわえて来たのでした。

7月25日・タカシの記念日

 

火葬の最中に、何も出来ない時間があって少し霊園回りを散歩しました。自然が豊かだった・・・

 

この記事では家族がバウ美の訃報を見落としていたとか、ペーパードライバーでバウ美の遺体を抱えて運んだとか、葬儀当日に家族と大喧嘩したとか・・・恥さらしみたいなことも赤裸々に綴りました。それは読者様へのご報告と言うより、自分自身に対しての記録みたいなところがあります。

 

 

バウ美とインコが同じ霊園だったと書きましたが、インコの時の頃がもううろ覚えになってる・・・その時は強い悲しみに包まれたはずなのに、悲しいもので人は時間と共に悲しさを忘れる生き物なのです。忘れなきゃ人間でいられないと言うことかもしれないけど・・・。

 

ともあれ、どーせ記事にするからには詳細に書いておこうと思った次第です。この記事にしても綴ろうか一瞬考えたけど、ブログの記事にしたからにはお知らせすべきかな・・・??との考えに基づいています。

 

途中、感情的に書き殴ってるようなところお見苦しくてお詫びします。直そうかとも思ったけど、正直な部分を記すことが記録として大事かとも思ったので、このままにしておこうと思います。これでバウ美とのお別れまでの記録を終えます。お読みいただきありがとうございました。

 

そしてブログやTwitterを通じてバウ美を可愛がってくださった皆様にも御礼申し上げます。ありがとうございました。

 

 

※普段やってるブコメ返信はすみませんが次回にまわします。

 

・・・今回はここら辺で。

お読みいただきありがとうございました。

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